システムエンジニアが仕事で「やりがい」を感じ続ける為に必要なポイント

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システムエンジニア 仕事

子どものなりたい職業の上位にランクインする常連はスポーツ選手や士業などハードルが高く、夢を売る職業。

しかし、それが高校生になり、将来の自分自身についてより現実的に考えられる年代になってくると「学校の先生」が堂々のランクインを果たします。


人生で最も多感な就学期に、保護者の次に長い時間を過ごす最も身近な大人であり、その存在を通じて「社会」を垣間見させてくれたのが先生と言う存在です。

人生の先輩であり、尊敬する存在であり、時に反抗や軽蔑の対象にもなった先生の影響を受けてない人などいないと言い切っても言い過ぎではないでしょう。

盆と正月しか休めなかったほど部活に打ち込んだような人は、毎日のように厳しい指導に精を出す先生を憎らしく思ったことがあったのではないでしょうか。

でも、あの頃の先生に近い年齢に差し掛かったとき、きっと大事な家庭もあっただろうに、疲れた顔も見せず毎日真剣に向き合ってくれた先生が人知れず味わっていた苦労とかけてくれた愛情に大きさに気付くのです。

拘束時間も長く、部活の顧問などほぼボランティアに等しく、決して給料も割に合うとは言えない。

しかも、今や教師は「聖職」とは言い難い職業となってしまい、公教育の権威の低下や、それによる一部の「モンスターペアレンツ」の台頭、加えて競争を排除しようとする風潮の中、教育現場は混乱の度を極めつつあります。

そんな、ネットの掲示板が大荒れになるようなブラック企業よりも劣悪かも知れない労働環境であるにも拘らずなぜ人は先生になりたがるのでしょうか?

その答えは、先生という職業の特長にあります。子供たちの人格形成に関わる最も大切な時期に関わることができること、その成長を間近に感じることができること、すなわち、「成果を実感できる」環境にいられることが挙げられます。

そして、手塩にかけて育んできた子供たちが「卒業」という何物にも代えがたい成果と報酬となった自身に還ってくるのです。この成果と報酬は、これまでの全ての困難や労苦によって積み重なった疲労を癒し、「次も頑張ろう」という活力を与えてくれるのです。

「先生」という職業の魅力は、労働環境や報酬を超えた「成果が見える充実感」と「やりがい」に集約されるのではないでしょうか。

では、翻ってシステムエンジニアは、このような充実感や、やりがいを感じられる仕事でしょうか。もちろん価値観は人それぞれであるということを重々承知の上で、このことについて考えてみたいと思います。

システムエンジニアが「やりがい」を感じるためにできること

システムエンジニアになったばかりの頃は、右も左も分からず、仕様書通りにプログラムを記述することだけで精いっぱい。それでも何とかミッションを完遂することで達成感を得、成長につなげてきたのではないでしょうか。

日々キーボードを目に前に格闘することは、他人と関わることを得意とせず部屋に閉じこもってパソコンを触ってきた人にとってはまさに天職。

リミッターが振り切れるほどのスペシャリストは、当人の飽くなき探究心と物事に打ち込み続ける持続力、そして、孤独を苦にしない精神力を兼ね備えた彼らから新たなイノベーションが生まれるかも知れません。

しかし、システムエンジニアを生業としている中で、「仕様書を満たす」「自分が担当した範囲」だけの仕事に疑問を感じ始める人が少なからずいるのも事実です。

最低限の仕事は「自分の担当範囲」をしっかりやればいい。たとえ隣の席の同僚が何をやっているかが分からなくてもプロジェクトは機能します。

そしてプロジェクト全体を見渡せるようになれば、「自分の担当範囲」がプロジェクト全体にどのような影響を与えているのかを理解することができます。

さらに、全体の仕様書を読み込めば、顧客が何を望んでいて、どんなシステムが構築されるのかという文脈まで読み解くこともできるでしょう。

しかし、どんなに想像力を働かせても、モニターの先にある自身の書いたプログラムの恩恵を享受するであろう顧客の顔を見ることはできないのです。

今、構築しているシステムは本当に顧客が必要としているものなのか?

もっと最適な方法があるのではないか?

実際にこのシステムを使うエンドユーザーは喜んでくれているのか?

など疑念は深まるばかりですが、求められる仕事は仕様書通りにプログラムを記述していくこと。それ以上でもそれ以下でもないのです。

これまで仕様書通りに業務を完遂することがミッションであったシステムエンジニアは意を決して、仕事に自分自身の魂を注入できる、すなわち、自身がシステム開発の根幹に関わり顧客の顔が見えるITアーキテクト等のステップアップの道を目指します。

彼らが求めているのは「成果が見える充実感」と「やりがい」に他ならないのです。

この時期までにこれをやっておけ!システムエンジニアに捧ぐ

「20代」「30代」でやっておくこと

「何かを始めるのに決して遅過ぎることはない」、「年齢など単なる背番号のようなもの」という言葉は、新しいことに挑戦しようとしている人に大きな勇気を与えてくれます。

しかし、その道で長年キャリアを積み重ねた人と同じ土俵に立つことは並大抵の努力では到底叶わないことは火を見るよりも明らかです。そんな生半可な気持ちのチャレンジならば、その道のスペシャリストに「なめるなよ」と早々に潰されてしまうことでしょう。

人生山あり谷あり、誰しもに再チャレンジの芽は残されているべきという考えには大いに共感できますが、歴史に残る名選手にもいつしか引退の時が訪れるように、体力も含めた能力やポテンシャルの漸減は時に抗うことはできないのです。

ですから、年々ステップアップを果たせるように、意を決した再チャレンジが実を結ぶようにするには相応の時期に相応な能力を身に付けるべく、研鑽努力を積み重ねておくべきなのです。

「明日から始めよう」は永遠に体重を減らすことのできない万年ダイエッターが使う言い訳であり妥協を正当化する常套句。

それはシステムエンジニアも全く同じで、そんなことを言っている間に何も成長しないまま10年なんてあっという間に過ぎてしまいます。「光陰矢の如し」を実感する頃には、もうほとんど手遅れなのです。

20代のうちは若く体力的も無理が利くことを活かし、まずは与えられた仕事に対して全力で取り組みましょう。

全力で取り組んで自分自身をとことん追い込むくらいでなければ自身の真の適性も得意分野は見えてきません。

20代は、自分はエンジニアとして何者なのか、何ができるのかを見極めその基礎を形作る大切な期間と位置付けましょう。

そしてもうひとつ、先輩や上司の行動をよく観察し、自分ならこうするのに、こうしたらうまくいくのにという自分なりの仮説を立てて行動するようにしましょう。

そうすれば、仕事は「やらされる」ものではなく、自ら進んでやるものになるはずです。

30代になると、自身の専門分野に磨きをかけつつ、どこでも通用するような実績を積み重ねましょう。そして、次のステージとして求められるのは人の上に立ち、人を動かすマネジメントの役割です。

ゴリゴリの技術屋として生きていく道もありますが、40代にしてマネジメント側の人材にならなければエンジニアとして生きていくのは難しくなってくるのが現実です。

30代は、管理職になるための準備期間、そのための訓練と人の上に立つのに相当な実績を積み上げる大事な時期です。

20代は、そのスタートラインに立つための助走期間。それぞれの時期にやるべきことはあるのです。

最後に確認して欲しいポイント

アメリカの心理学者マズローの自己実現理論では、人間の欲求はピラミッドのように構成され、低階層の欲求が満たされるとより高次の階層の欲求を欲するようになります。

マズローの欲求5段階説は、ピラミッドの底辺から、①生理的欲求/②安全欲求/③社会的欲求/④尊厳欲求/⑤自己実現欲求と純粋に生きていくための欲求から精神的に満たされる欲求へと昇華しているのが見て取れます。

この説に基づけばキャリアを積んだシステムエンジニアが、「成果が見える充実感」と「やりがい」を求めるのはむしろ当然のことと言えるのではないでしょうか。

ただ、システムエンジニアがステップアップを目指してこのピラミッドを登っていくのには、弛(たゆ)まぬ向上心と研鑽努力が求められることは言うまでもありません。

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