対策を考える前に現状把握。日本がITエンジニア不足に陥る理由とは

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ITエンジニア不足

2015年11月17日の記事を再構成(文言の追加)をして作成した最新記事です。

17世紀の産業革命にも匹敵すると言われている2000年代初頭の「IT革命」は、人々の生活を大きく変えました。


携帯電話やノートPCを携えて仕事をする姿は新時代のビジネスシーンの到来を予感させ、「ヒルズ族」に代表されるIT長者は多くの若者たちの憧れの的となりました。

バブル崩壊以降、長期に渡る不況に加え、かつての日本の高度成長を支えた産業が成熟期に入り停滞している中で、IT革命はまさに突如として現れた「ゴールドラッシュ」のようなものでした。

IT関連は開拓の余地が多く残されており、かつ突出した成長産業であるため、大志を抱き、野心に燃える若者が殺到したのです。

こうした時代背景からITエンジニアは人気の職業として盤石な地位を築いてきました。しかし、近年「ITエンジニアが足りない」という声が随所で聞かれるようになっています。

最近この「ITエンジニアが足りない」状況が浮き彫りになった出来事がありました。

2015年10月9日に開催された「CEATEC JAPAN 2015」において、国内にある200近いIT関連団体を統合し、政策提言や人材育成などを行っていく「一般社団法人日本IT団体連盟」の年度内の発足が発表されました。

そこで、一般社団法人コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)会長の荻原紀男氏(豆蔵ホールディングス代表取締役社長)の以下のような発言がIT業界に大きなインパクトを与えました。

五輪に向けて政府や企業、団体などがサイバー攻撃を受ける可能性があるが、現在のエンジニアは企業などへの対応で忙しい。五輪そのものに対して、ボランティアで対応できるエンジニアが必要で、今後5年間で4万人のエンジニアを育てなくてはいけない。

オリンピックは、世界中から選ばれた選手たちが集う競技の祭典であると同時に、巨額な経済効果を産み出す世界最大級のビッグビジネスでもあります。

1964年の東京五輪は、日本の戦後復興と高度経済成長を象徴するイベントであり、その際に整備された新幹線や高速道路は今なお日本の大動脈としてその役割を担っています。

そんなオリンピックに関する景気の良い話が飛び交う中で、ボランティアでしかも4万人のエンジニアは必要という萩原氏の発言は、ITエンジニアにとってはかなりショッキングであったに違いありません。

萩原氏の発言の真意は後述するとしても、確実に需要が増大する中で、少なくともITエンジニアの不足はかなり深刻な問題となっていることを見て取ることができます。

なぜ、ITエンジニアが足りなくなったのでしょうか。

若者がITエンジニアを目指さなくなっているのか、それとも、多くのデバイスの誕生や発達、IoT(モノのインターネット)の急速な発展などから供給不足の状態に陥っているのかなど、様々な角度から考えてみる必要がありそうです。

働き手の人口が着実に減っている

かねてから問題視されてきた少子高齢化問題がさらに深刻化し、2011年以降日本は人口減少局面に突入しました。また、日本の人口ピラミッドの頂点に立っている、戦後ベビーブームの真っただ中で誕生した昭和22年から25年生まれのいわゆる「団塊の世代」の大部分が社会人生活を終えました。

この事実からも日本国内が全体的に働き手が不足する事態に陥りつつあることが分かります。先の「団塊の世代」から血を分けた「団塊ジュニア」の世代が40代となり社会の中枢となりつつありますが、この世代の先になると人口減がさらに加速します。

たとえば、2015年に新成人を迎えた人は124万人、「団塊ジュニア世代」のピークである昭和48年(1973年)生まれが成人した時代は207万人と20年余りの間に約4割も減少していることが見て取れます。

ここまでくると、働き手の不足は日本の存亡にかかわる深刻な問題であり、当然のことながら、時代の最先端を走るIT業界でさえも、なり手が不足することは容易に考えられる現象と言えます。

また、大手IT企業が社内公用語を英語にしたり、外国人を積極的に採用したりという動きを見せているのは、日本人の働き手が不足することを見据えたものだと考えることもできます。

理系離れが深刻化。社内教育で育成する余裕もない

主に90年代から進められてきた「ゆとり教育」が加速し、2002年に施行された学習指導要領では、数学、理科の授業内容が3割削減されることになりました。

偏差値を算出するテストが学校現場から追放され、中学校での評定は相対評価から絶対評価に変わり、当時の中学生は、自身の学力を客観的に測る指標さえも奪われてしまったのです。

当然のことながら学生の学力低下、とりわけ理系離れが深刻化しました。さらに、少子化が加速している状況で、規制緩和により大学の数が20年間で1.5倍も増加。

大学側は、半数以上が定員割れという現実から、学生数確保のために推薦入学という名目で無試験で合格者を乱発するようになりました。このような受験圧力の低下は折からの学力低下をさらに加速させる結果となりました。

若者はスマートフォンやモバイル端末、PCなど文明の利器を享受する立場にありながらも、理系の要素が絡むためか「作り手」になる人は少なく、興味があっても就職先を選ぶ際に二の足を踏んでしまう学生が少なくないようです。

大手IT企業では学生時代に技術開発を経験したことのない、文系の学生も積極的に採用し社内で教育プログラムを組んで育成しているところも増えています。

「幅広い分野からエンジニアを採用、育成する」というのが表向きの理由ですが、現実には理系の学生の絶対数が少ないため、いわゆるポテンシャル採用でもしなければエンジニアを確保できないというのが本音です。

一方、そこまで余力のない中堅中小企業では、自社での育成を諦め、即戦力のエンジニアを中途採用することで技術力維持に躍起になっていますが、かさむコストにいずれは首が回らなくなるが、社内で育成する余裕もないのが現実のようです。

IT業界が新3K職場と呼ばれた原因とは

かつて、バブル全盛の時代に「きつい」「汚い」「給料が安い」職場のことを3K職場と呼び、特に日本の高度成長を下支えしたブルーカラー職業が忌み嫌われた風潮がありました。

バブルが弾けるとこうした声はなりを潜めるようになりましたが、現在ではIT業界が「きつい」「帰れない」「給料が安い」の新3K職場のイメージが定着しつつあります。

少し前までは、時代の最先端を走る職業として人気があり、IT系を志望する学生が殺到していましたが、最近はその動きも頭打ちになっています。

その原因として、ネットの掲示板等で「ブラック企業」の告発が日常茶飯事となり、就職しなければ決して見ることのなかった「負の側面」も明るみになったことが挙げられます。

そして「ブラック企業」に多くのIT企業が名を連ねているのです。その中には、「残業が続き、泊まり込みになることも珍しくない」、「クライアントの一言で今までの苦労がすべて吹き飛んだ」「休日に旅行を予定していたが突然休日出勤を命じられた」など笑えないネタも少なくありません。

しかし、年収ラボによると、2013年のシステムエンジニアの平均年収は598万円で、平均時給は2,399円(平均年齢38.4歳、平均勤続年数10.5年、総労働時間169時間/月)。

国税庁が発表している民間給与実態統計調査によると民間企業で働く人たちの2013年度の平均年収は約414万円ですので、エンジニアの年収はこの数字からみるに「まずまず高い」と言うことができます。

また、1カ月の就労日数を20日間とすると、1日あたりの労働時間は8.45時間となり、繁忙期や閑散期などでムラがあるのでしょうが、総じてさほど残業時間も長いとは言えません。現状は、騒がれているほどブラックな業界と言うわけではないのです。

IT業界は比較的新しく、若い経営者が立ち上げたベンチャー企業が乱立しています。ですから、創業期の企業は、体力と勢いにまかせて前進せざるを得ませんので、企業として体力がつくまでは仕組みがついていかず「ブラック企業」的な側面が多分に顔を出すこともあるでしょう。

また、企業は創業から5年で6割が倒産すると言われていますから、「可愛さ余って憎さ百倍」というのか、不幸にして夢破れた人たちがあらぬ噂を流していることも考えられます。

そういった側面がネット上でデフォルメされて拡散されていることが業界全体のイメージを悪くしているのかも知れません。

望まれるIT教育の充実

人口減によりただでさえ働き手は不足するのに折からの理系離れなどでITエンジニア不足の時代の到来が現実のものとなろうとしています。IT関連の人材不足は日本の経済衰退に関わりかねない深刻な問題です。

これは業界や企業努力では如何ともしがたく、国を挙げて取り組まなければ手遅れになってしまいます。

海外に目を向ければ、イギリスでは、2014年に15~16歳でのプログラミング教育が必修化されており、周辺諸国もそれにならう動きを見せているなど、IT技術者の養成は国家でも重要事項と捉えられており、多くの国は本腰を上げて取り組もうとしていることが伺い知れます。

しかしながら、日本も何もしていないわけでは無く、2012年から中学校の技術家庭科で「プログラムによる計測・制御」が必修となり、政府が発表した成長戦略の中には、義務教育段階からのプログラミング教育の推進が明記されています。

今後、IT技術は全ての産業において関わる技術となり、プログラミング教育の重要性は、世界的に広がっていくことでしょう。ただ、こうした教育プログラムは成果が出るまでに一定の時間が必要とされますので、時の政府がしびれを切らして手を引いてしまうことも無きにしもあらずです。

このように、IT教育の充実は、IT業界の人材不足を拡充するだけでなく日本の国力を維持発展させるために欠かすことのできない課題なのです。

「東京オリンピックのボランティアのエンジニア4万人」

先述したCSAJ会長の荻原紀男氏の発言は、「文字通り」に捉えれば、ただでさえ劣悪な労働環境で働いていると自覚しているエンジニアたちの反発を招くことは想像に難くありません。

オリンピックにおけるボランティアの役割は大きなものであることは否定できませんが、タダ同然で働かされると聞いて反発の声が上がるのはむしろ当然のことと言えるでしょう。

しかし、荻原氏の発言の真意は、エンジニアの搾取ではなく、育成とステップアップにあるようです。萩原氏は、ZDNet Japanの取材においてのその発言の意図を明らかにしました。

「東京オリンピックのボランティアのエンジニア4万人」発言には、国を挙げてIT人材育成を行う代わりにオリンピックの1か月間は「恩返し」の意味でボランティアに携わり、そしてエポックメイキングな出来事であるオリンピックのITに関わったことを誇りにITエンジニアとしてステップアップして欲しいという意図があったのです。

ネット上では、未だに物議を醸しているようですが、上記のような意図があるならば話は別です。これから5年間で国を挙げてIT人材育成を行い、十分なスキルを兼ね備えたエンジニアが期間限定でボランティアを行う、すなわちボランティアに就くことが誇りとすら思える登用であれば、その説明を粘り強く続ければITエンジニアたちの納得も得られることでしょう。

ただし、度重なる消費税の増税に加え、高齢化社会に向けての介護士育成の予算さえも拠出できない現状で、4万人ものIT人材育成の予算が拠出できるのか、また、人材育成のためのロードマップが描けているのかと言えば、疑問符が付かざるを得ません。

需要拡大にも関わらず、ITエンジニアは慢性的な人手不足、しかし2020年の東京オリンピック開催は確実に迫り、それに向けてITエンジニア4万人分の仕事は無くなりようがないのです。

もし、政府や業界団体が手をこまねいているとしたら、その割を喰うのはITエンジニアです。この状態でオリンピックなど開催したら、「オリンピックは成功した。しかし、日本のITエンジニアは消え失せた」ということになりかねません。それだけは絶対に避けなければなりません。

最後に確認して欲しいポイント

ITエンジニアは、2020年の東京オリンピックをはじめ、今後さらなる需要拡大が確実な職業であるにもかかわらず、人材不足の時代が到来すると言われている理由は、折からの少子高齢化による労働の担い手の人口減と業界全体のイメージ低下が大きな要因と言えそうです。

この問題の解決には国を挙げての対策が望まれ、既に一部では対応もはじまっていると言えます。しかし成果として結実するにはある程度の時間が必要です。逆の見方をするならば、ITエンジニアは転職先とすれば狙い目の職種ともいう見方もできるでしょう。

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